枝画への誘い 柴沼清


 以下は、令和4年2月18日から3月17日まで茨城家水戸市の常陽藝文センターで開催された第2回個展の出展作品です(新作26点)。個展では本新作を含めて全41作品を展示。第2回個展(動画)では全41作品を紹介(第2回個展動画はここをクリック)。


作品36:悪魔の囁き(20号)

 

 3者3様の表情を示す3人の女性をモデルに、枝画の階層化構造の特徴を用いて、表情の変化を試みた。ここでは、右側女性の手の有無により全体表情や物語が大きく変化する。

 手がある場合(写真上)、3人の主役はこの右側の女性であり、口元を手で隠しながら内緒話をし、他の2人が聞き耳を立てる構図となる。

 手がない場合(写真下)、主役は左側の女性となり、内緒話ではなく他人に聞かれてもよい楽しい会話が想像できる。

 手のしぐさ1つで3人の表情や物語が大きく変化すること示した。2つのKAGEの隠れて見えないKAGE(陰)の効果を試みた実験作である。

 

作品37:その名は卑弥呼(20号)

 

 「悪魔の囁き」の3人の中で中央に配置した無表情の女性を主題に作品を制作した。この冷徹で無表情な雰囲気から、ミステリアスで謎に満ちた邪馬台国の卑弥呼をイメージし、現代風にアレンジした。女性の輪郭線は、「悪魔の囁き」の下絵をベースに1つの作品として独立させた。

 伏し目の無表情な表情の中に高貴な品格を漂わせると共に、口元に添えた妖艶で鋭い指先を威厳の象徴として描いてみた。 

 

作品38:空の彼方へ(20号)

 

 「悪魔の囁き」の3人の中で左側に配置した明るく快活な表情の女性を主題に独立作品として制作した。

コロナ禍や地球温暖化など未来に対して不安を持たざるを得ない状況が続いている。次世代を担う若い世代にとって希望に満ちた未来が開けるように対策を取るのがわれわれ大人の役割である。

爽やかな風と共に澄み切った青空の向こうに、希望と明るい未来を見ているこの女性の笑顔が消えないように。 

作品39:ひととき(想い)2021(20号)

 

 2020年制作のひととき(想い)(作品9)をベースに、陰影を深めるためにより3次元化を試みた実験作である。

女性は1人とし、高原でのさわやかな風を意識し、その風を可視化した。2020年作と比較することにより、陰影の強弱による枝画の表現のバリエーションを楽しむことができる。

この若い女性の爽やかな表情の中に強い生命感と意志が感じられ、その先に「未来」への「希望」が見えてくる。  

 

作品40:たたずむ少女(20号)

 

 泣いているのか、悲しげな表情を浮かべる少女。何かを見ているのだろうか、何も見たくないのだろうか。両手で顔を覆い座り込んでいる。何があったのだろう。

視点の定まらない虚ろなまなざし、若い女性の多感で複雑な揺れる乙女心を描いてみた。

現在のあなた、または過去のあなたにとって、この少女はどのように映りますか?

 

作品41:うつろい(20号)

  

 1つの帽子に3人の女性を描き、その表情の変化を試みた。3人の女性の年齢や性格の差異を織り交ぜて、その変遷に伴う時と心を描いてみた。 

 右側の女性は明るい表情、中央の女性は無表情、左の女性は妥協のない冷徹な表情を描いた。すなわち、嘆きや怒りなどの激しい表情を除いた1人の男女が持つ通常の生活での典型的な心理や表情を3人の女性に振り分けてみた。                                                                                               

 今日のあなたの心理状態はどの女性に当てはまりますか?

  

作品42:未来への願い(20号)

 

 昨年生まれた孫娘の表情、すなわち切れ長の目と柔らかに膨れた頬を基に、成長した女性の姿として作品を制作した。遠くを見つめるこの女性の輝く瞳の先に明るい未来を願い、本作品とした。 

 帽子と右手、さらには透かしを入れた流れる髪を立体構造として、躍動感と陰影のある表情の表現を試みた。見る角度や照明の位置に加えて、帽子と右手の位置関係が織りなす2つのKAGE(影と陰)、すなわち帽子による影や右手による隠れた陰により、この女性の顔の表情が大きく変化する。

 

作品43:コーヒーの温もり(45x90)

 

 コーヒーを飲みながら友達と会話を楽しむ女性の情景を描いた。手前の女性の顔と手足は陰影をつけるために立体構造とした。奥の女性の身体は描かず顔のみとした。これにより、見方によっては1人の女性の連続した動作や心の奥の微妙な意識の表現となる。これにより、この作品を見る人によって物語が大きく変化する。

2人のまたは1人の女性を想像するかの判断は、手前の女性のスカートの光の加減による影の有無にも依存する。影と陰の存在による表現の多様性を試みた挑戦作である。 

見る角度と影・陰を意識しながら、この作品に登場した女性の心の表情やあなた自身が想像する物語をお楽しみください。

 

作品44:いにしえの面影(41x67) 

 

 面長の顔に一重の目が特徴的な浮世絵版画の美人画の顔立ちをアレンジして現代女性を描いてみた。顔の左右に設けた段差および帽子と右手の3次元構造により、照明や見る角度による2つの影・陰が女性の静かな奥ゆかさを神秘的に演出した。 

また、透かし構造を階層化した髪の躍動感がさらに女性の表情を豊かにし、俯き加減の女性の表情にどこか陰りのある神秘性と共に凛としたいにしえの女性の面影が現れた。

 

作品45:優美な風(41x67)

 

 本作品も「いにしえの面影」と同様に、面長の顔に一重の目が特徴的な浮世絵版画の美人画の顔立ちをアレンジして現代女性を描いてみた。立体的な陰影をつけるために、顔の左右に設けた段差に加えて両手と片足を立体的な構図とした。

夏の川沿いに腰を掛けた女性の白い手足の健康的な脚線美と髪やワンピースの自然な流れを意識して、爽やかな風を伴って川辺に映える1人の大人の女性の優美な姿を描いた。この女性の視線の先に、そしてこの女性の心の奥の物語を想像してください。

 

作品46:悩める男(20号)

 

 指先が額に食い込むほど苦悩に満ちた表情の男。制作に当たっては、枝をネジで結合することで木肌を残したまま男の手を彫刻作品として制作し、通常の漆喰を用いて描いた枝画の男の顔と組み合わせた。この手は単独の彫刻作品としても成立するように制作した。

なお、この男は手の左奥に隠れたもう1つの目を持ち、悩みの中にやり場のない怒りの表情を心の奥に持たせた。

この男の苦悩と怒りは正解のない不確実性の社会に生きる我々のそのものである。

 

作品47:見ざる聞かざる言わざる(20号)

 

 女性の社会進出が叫ばれて久しいが、森オリンピック前会長の発言で、日本の女性の地位や立場についての現状認識の低さが世界に露呈され、日本の時代遅れの認識が改めて話題となった。このような「時代遅れの日本のおじさん」を作品の主題とした。

このおじさんは自分の発言が失言とは認識していない。この態度に対して、慌てた周囲の者が手でおじさんの口を塞ぐと共に、マスコミからのカメラに対して顔を隠すというドタバタ劇を風刺した。本来の三猿の意味とは少し異なるが、三猿のポーズで主題を表現した。

 

作品48:仁王の怒り2021(20号)

  

医療クリニックにおける放火・殺人、列車内での傷害、受験会場前での殺傷事件など、不特定多数の一般市民を巻き込んだ凶悪事件が後を絶たない。人生に絶望し死刑になるための理由など勝手気ままな動機で一般市民の命が奪われた。 

このような社会の不安に対して、奈良東大寺の金剛力士(仁王)の怒りが必要ではないかと感じ、2019年の「仁王の怒り」に続いて再びこれを主題とし、タイトルを「仁王の怒り2021」とした。 

 なお、本作品では、仁王の怒りをより強調し動画的に表現してみた。  

 

作品49:孤高のチェロ(20号)

 

 世界最高のチェリストとして有名なロシアのロストロポーヴィチ。米国への亡命とソ連国籍の剥奪など政治的な活動制限の中、音楽への飽くなき追及と深い共感、さらには普遍的な人類愛がチェロの調べを通して聴衆の心に響く。

親日家としても知られ、親交を深めた小澤征爾の指揮の下で、水戸室内管弦楽団と協演したボッケリーニとハイドンの2つのチェロ協奏曲、そしてアンコールでのバッハの無伴奏チェロ組曲。

この渾身の演奏を心に刻み、今は亡き巨匠の面影を描いてみた。

 

作品50:一期一会のシンフォニー(20号)

 

 コンサートの演奏では指揮者・演奏者と観客との間に、2度と訪れない一期一会の出会いがある。このため、指揮者は毎回のコンサートで理想の演奏を目指して真剣勝負の戦いを挑んでいる。このような状況の緊迫感を世界の小澤征爾をモデルに描いてみた。

ある時期から指揮棒を使わないことが多くなったこの指揮者に、あえて通常よりは長めの指揮棒を持たせ、演奏に対する覚悟を描いてみた。

一期一会の真剣勝負の演奏。この長めの指揮棒が別の何かに見えてきた。

 

作品51:マーラー:生と死の交響曲(20号)

 

 マーラーは音楽の都ウィーンで指揮者としてその頂点を築いたが、作曲家としては評価されず、交響曲のほとんどはドイツで初演された。

しかし、「やがて私の時代が来る」というマーラーの有名な予言通りに、マーラーの交響曲はその規模の大きさや複雑さにも関わらず、現在では人気が高く世界中で頻繁に演奏されている。その音楽には不安、愛、苦悩、恐れ、混沌などを含めた「生と死」のテーマが深く反映されている。

マーラーの長大な交響曲を大音響で聞き、このマーラー像を描いてみた。

 

作品52:新たな弱者2022(20号) 

 

 コロナ禍で非日常の生活を余儀なくされている。特に、集客を伴うイベント、旅行、飲食などに関係する者にとっては、突然生活が一変し、自力では生活できない「新たな弱者」に陥った。 

この構造的な弱者をテーマに、木の枝の立体的輪郭線を強調し、彩色面を最小限に抑えた新たな手法である「立体線画」構造で作品を制作した。 

不要不急下における限界状態の悲鳴(左視線からの顔)と、その顔の内部に潜むやり場のない怒り(中央と右視線からの2種類の顔)3方向から表現した。

この細木作品自体が弱者であり、この作品の前のわれわれもまた弱者である。  

 

作品53:かぐや姫(20号)

 

 日常の生活の基盤は女性であり、購買の嗜好や選択決定もほとんどが女性である。にもかかわらず社会構造の主要部分は男性で占められているのが日本の現状である。

最近、社会生活に根差したNPO法人や新規産業に女性代表が増えてきていることは喜ばしいが、未だにこの男女間の格差・アンバランスが日本社会を停滞させている要因となっている。

女性の才能を生かすことのできない日本の組織のトップのおじさんを題材に、かぐや姫に求婚し拒否された地位の高い帝や公家の物語を材料にしてコミカルに今の日本社会を風刺した。

 本作品も作品52と同様に、彩色する面の領域を極力少なくして枝の輪郭線を強調した「立体線画」として制作した。枝画の特徴を生かした新たな挑戦である。

 

作品54:パンデミック(20号)

 

 世界中がコロナ禍で未曽有の危機に陥り、非日常の生活を余儀なくされている。政府による緊急事態が度重なり宣言され、先が見えない無限ループに、人々の悲鳴が聞こえてくる。

本作品はこのコロナ禍のパンデミックをテーマとした。悲鳴を上げる男の叫びを二重構造の動画的な動きで表現し、悲鳴によって分裂した2つの顔を1つの顔のように制作した。

バランスの崩れた木の枝の手を前面に配置することにより、不安による叫びの表情をさらに強調した。

 

作品55:鉄の扉の向こうに(20号)

 

 重い鉄の扉の間から女性の顔を半分だけ見せた情景を描いた。重い鉄の扉を片手で確実にしかも優雅に開く構図で、この女性の瞳の奥から扉の先に向けての強い意志を表現した。

 目には見えない障壁、すなわち「ガラスの天井」よりもさらに深刻な重く錆付いた既成概念や既成勢力の「鉄の扉」が依然として日本には存在する。

世界情勢が大きく変わる中で、この扉が全開となり新しい世界が展開することを期待して本作品とした。

なお、本作品は上記以外に、より一般的には男女を問わずに存在する多種多様な100の扉が考えられる。あなたはどのような扉を想像しますか?

 

作品56, 57,58:化石の森(87x67, 45x90, 45x90)

 

 自邸の庭に自生した草木を漆喰で固めることにより、経年変化のない永遠の命として化石化した。主題は日本人の美意識である「もののあわれ」、そして色彩を極力控えた和風特有の「詫び寂び」の世界を表現した。

  1.  残照():古民家の土壁に這うヒヨドリジョーゴの葉と実を用いて、その栄華の跡を漆喰壁内に閉じ込めた。
  2.  月明り(中央):ソロの木の葉と枝で、晩秋の月明りを表現した。
  3.  輪廻():晩秋の庭に落葉したヒヨドリジョーゴの実から、命の連鎖を表現した。

 実物の枝葉とその影のコラボレーションにより、情景の奥行きと優しさが表現できた。これらの作品は自然をモチーフにした風景ではあるが、これらの作品の中に人の心を潜めた。  

 

 

作品59, 60, 61:書(53x46)

 

 木の枝の曲線とその影のコラボレーションに、さらには絵画的な表現も加わることが「枝画の書」の特徴となる。

  1. 「愛」は枝の強弱のバリエーションを調和させ、影を考慮しながら優しさと優雅さ兼ね備えた「愛」を表現した。
  2. 「飛翔」は2文字の構成として、筆の掠れを小枝で表現すると共に、白鳥が飛び立つ躍動感を絵画的な「飛翔」として書に表現した。
  3. 「風」は枝の持つ強弱とリズム感を風のイメージに合わせて配置し全体を構成した。影の効果もあり、山の左側では頂からの「さわやかな風」が優しく吹き降り、一方の右側では山頂から「荒々しい風」が吹き荒れる光景となった。立体的な枝によって現れた強い影により「風」の文字が「嵐」にも見える。

 なお、これらの作品を鑑賞する中で、最初は文字を構成する「枝」を見ているが、徐々に「枝の影」を見ていることに気付く。すなわち、枝画の書ではこの「枝の影」がこれらの作品の新たな主役となる。